「死神の矢」（横溝正史） | ラバン船長のブックセイリング

真相をうやむやにする人情家･金田一

「死神の矢」（横溝正史）
（「死神の矢」）角川文庫

｢ハートのクインを矢で
射止めた者を娘の婿にする｣。
考古学者･古館の言葉に、
招かれていた金田一は
慄然とする。
その悪い予感は的中し、
競技に参加した青年の一人が
胸を矢で射貫かれて
死体で発見される。
そして第二第三の殺人が…。

相次いで復刊されている角川文庫の
横溝正史･金田一耕助シリーズ。
本書も三十数年ぶりの復刊であり、
私も三十数年ぶりの再読となりました。

【主要登場人物】
古館博士
…考古学者。弓の蒐集家。
　奇抜な婿選びを考案。
古館早苗
…博士の娘。三人の男から求婚される。
佐伯達子
…早苗の家庭教師。
　早苗と博士に献身的。
加納三郎
…博士の助手。早苗に思いを寄せる。
高見沢康雄
…早苗の求婚者。最初に殺害される。
神部大助
…早苗の求婚者。二番目に殺害される。
伊沢透
…早苗の求婚者。競技に勝利する。
　三番目に殺害される。
三田村文代
…早苗のバレエ友達。
　睡眠剤の飲みすぎで死亡。
松野田鶴子
…バレエ研究所経営者。
　孤児の文代を養う。
相良恵子･河合滝子
…早苗のバレエ友達。
八木健一
…貸しボート屋の少年。
駒田準(オネスト･ジョン)
…元プロボクサー。前科者。
杉原朱実
…駒田の情婦。キャバレー･ダンサー。
内山警部補…所轄署捜査主任。
等々力警部…警視庁警部。
金田一耕助…私立探偵。

本作品の味わいどころ①
奇抜な婿選び、競技の矢で殺害される
自分の娘の婿を、
射的競技で決するという方法自体、
まともではありません。
しかも三人の求婚者は
すべて人間性に問題あり。
そこに異常性を感じた
金田一の予感は正しく、
三人は次々に殺害されていくのです。
しかも競技に使用した
自らの矢で貫かれて。
金田一の東京での事件は
エロ･グロが強く、
岡山や長野を舞台としたときのような
おどろおどろしさが薄まるのが
通例でしたが、
本作品はそうではありません。
冒頭で博士に｢ユリシーズ物語｣
(ユリシーズが射的に勝利したあと、
挑戦者を次々に射殺した)を語らせ、
事件発生を巧みに匂わせるあたり、
横溝のおどろおどろしさ全開です。

本作品の味わいどころ②
最も怪しい人物に完全アリバイあり
主要登場人物として
大勢載せてしまいましたが、
犯人らしき人物はかぎられています。
それでいながら最も怪しい人物には
常に完全なアリバイがあるのですから
読み手は困惑せざるを得ません。
金田一の推理ですべては
解明されるのですが、
見事な構成に脱帽です。

本作品の味わいどころ③
真相をうやむやにする人情家･金田一
その金田一の推理ですが、
犯人の心情および関係者の将来を慮って
真相の一部を
警察には内緒にしてしまうのです。
人情味溢れる金田一の人柄が
最大限に表れた一作なのです。

横溝特有のおどろおどろしさ、
真犯人が最後まで読めない周到な構成、
金田一の人間的魅力、
このような素晴らしい作品が
三十年もの間絶版だったとは！
ミステリ好きのあなた、
ぜひ読むべきです。

※杉本一文氏の表紙画での
　復刊はありがたい限りです。
　旧角川文庫版とは作者名の位置が
　異なります。
　横溝正史没後40年記念の
　復刊ですので、
　今回の印刷分が売り切れれば、
　再び絶版となるのでしょうか…。

【本書併録作品】